AnotherVision Countdown Calendar2017

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「言葉遊び」のススメ

・この記事はAnotherVision Countdown Calendar2017の一環の記事となっております。

adventar.org

 

初見の方、はじめまして。既知の方、こんにちは。

AnotherVision所属のテクネと申します。

 

さてこの「カウントダウンカレンダー」も中盤戦で、今年もあと20日を切ってしまいました。早いものですね。

 

話の前に、簡単な自己紹介を。

名前:テクネ(そう呼ばれることはほとんど無い)

所属:医学部医学科5年

アナビでの活動内容:謎制作(ヒラ)・スタッフ(ごくたまに)・司会(大昔に数回だけ)

 

AnotherVisionに所属して早4年目ですが、上記の通り、特に何もしていません。取り立てて謎作りに秀でているわけでもなく、デザイン動画といった卓越した一芸を持つわけでもなく、マネジメント能力やホスピタリティー精神に溢れている訳でもありません。面白そうな案件に常に片足だけ突っ込んで、適当なタイミングで引っこ抜くなんてことを繰り返しています。

 

また謎作り以外にも創作活動はいろいろしてきました。漫才の台本を書いたり、演劇の脚本を書いたり、TVクイズの問題を作ったり、学園祭で映画の監督をしたり、と。まぁ見よう見まねで色々齧っては、飽きて別のものを探す、なんてことを繰り返しているだけなんですがね。

 

 

さて、そんな僕の今回の記事ですが、元々「医学と謎解き」という本業と趣味を絡めた記事を書く予定でした。しかし書き始めてみると、僕は医学を語れるほど医学をまじめに勉強していないということに気が付きました。また僕は医学が割と嫌いなのですが、嫌いな物の説明に好きな物(謎解き)をアナロジーとして用いるのは何か違うなとも思い始めました。その結果、内容が医学部同期や大学病院への罵詈雑言の嵐になってしまい、ポリコレに反しまくっていて、とても世の中には出せない記事になってしまいました。

 

ということで、没記事をゴミ箱フォルダに入れたのが昨日の夜9時、そこからテーマをガラッと変えました。

 

今回の記事のテーマはこちら。

 

「言葉遊び」

 

バイト帰りの電車の中で自分の創作人生を振り返ってみたとき、一番自分が重きを置いているのが「言葉」であるということに気付いたのです。ということで、僕なりに「言葉遊び」と創作について思いのままに書いてみようと思います。

 

<お詫び>

ふざけて書くつもりが、深夜テンションで書ききった結果、そこそこ真面目な感じになってしまいました。それっぽいこと書いてますが、よく見るとガバガバ理論です。あとめっちゃ長いです。読むのだるいって人は、最後らへんでおすすめの本の話とか書いてるので、良かったらそれだけでも見てください。

 

僕は言葉が好きです。その中でも、とりわけ日本語は大好きです。日本の古き良き伝統とか日本人の心意気とか、そういったカビの生えた文化的側面は苦手なのですが、「日本語のネイティブスピーカーになれた」という点では日本に生まれてよかったなと思っています。(ちなみに昔、文Iの受験を割と真剣に考えていた時期もありましたが、歴史が死ぬほど嫌いだったので断念して理系にしました。)

 

日本語が好きな理由は色々あって挙げればキリがないのですが、それらの理由は

 

「日本語は言葉遊びの余地がとてつもなく広大で飽きないから。」

 

の一点に集約できます。

 

「言葉遊び」って何でしょう? 僕の中では、「言葉遊び」は、

「日本語の『隙をつく』こと」

だと思っています。

 

『隙をつく』って何でしょう?

一口に定義するのはなかなか難しいですね。具体例で説明を試みます。

 

例えば、ダジャレ。誰もが知る典型的な言葉遊びですね。あれは構造的な解析をすれば、「日本語の同音異義語を利用した言葉遊び」です。でもよくよく考えてみてください。

 

「同じ発音なのに意味が違う単語が複数存在する」って、ほぼ「バグ」じゃないですか?

 

謎解きで同じ問題に2個も3個も別解が出てきたら、おかしいって誰しも思いますよね?それと同じで、僕は同音異義語のように、意味の上で「別解」が存在することは、日本語の一種の「バグ」みたいなもんだと思っています。

 

まぁでも日本語に限らず言語って、使える文字と音の種類は限られているわけで、この世の中に存在する膨大な量のシニフィエに対して、一つ一つに違う組み合わせのシニフィアンを結びつけるというのは現実的には難しいですよね。そりゃどんどんと長い単語を作っていけば理論上、可能ではありますが、言語は使用されてなんぼなので、そんな言語は淘汰されてしまうでしょう。つまり、ある程度音が被るものが存在しているのは、言語の利便性の側面から見れば、必要悪的なものだとも考えられます。

(※シニフィアンシニフィエソシュールとかいう言語学者が提唱した考え方で、確かシニフィアンが「音韻」、シニフィエが「概念」だったと思いますがうろ覚えです。間違っていたらごめんなさい。)

 

だからみんな、この「バグ」を騒ぎ立てることはありません。ていうか、そもそも「バグ」だって認識したことがない。日本語が使用されてきた長い年月の中で、「そういうものだ」と受け入れられてきたのです。

この「言語の中で、皆が無意識のうちに受け入れている、必要悪的なバグみたいなもの」、これこそが「言語の隙」だと僕は思っています。

 

つまり「言葉遊び」って「言葉のバグを探して、そこを題材にすること」なんです。

バグっていうか、抜け穴って言った方が近いかな?

 

とにかく 

皆が見向きもしなかった言語システムの「欠陥」に気付いて、それを一番スマートな形で世の中に提示する。これこそが「言葉遊び」の醍醐味だと思っています。

 

また、先ほどの定義から考えれば、発表の仕方が違っても、「言葉の隙をついたもの」ならそれは全て「言葉遊び」の範疇に含まれると思っています。

ダジャレに限りません。落語に漫才、小説、短歌俳句、演劇にコント、J-POP、フリースタイルラップ、入れ物は何でもいいのです。

「日本語って、まだこんなところにバグがありましたよ!」って知らしめてくれる作品は僕の中ですべからく「言葉遊び」なのです。

 

 

皆さん「サピア=ウォーフの仮説」というものをご存知ですか?確か「言語的相対論」とか呼ばれていたと思うのですが、ざっくり言うと「人間の思考は、その人が使う言葉に影響を受ける。」みたいな話だったと思います。(うろ覚えですみません。)

 

まぁ何が言いたいかというと、自分が今見て感じている世界は、自分が今使っている言葉に少なからず影響を受けているかもしれないということです。自分で見つけた言葉のバグは、ある意味、自分の世界の一部、切れ端といってもいいのかもしれない。「世界を切り取る遊び」、そう考えると、「言葉遊び」ってすごく素敵な娯楽じゃないですか?

 

 さて、ここで話を謎解きにつなげたいと思うのですが、「謎」って、自分が見つけた「言葉の隙」の入れ物として、まさにうってつけですよね。

 

最近はあまり謎を作らなくなったのですが、作るときは大体、僕が面白いと思った言葉や文章がノートに書いてあって、その中から適当な物をいじくって問題の形にしています。

「どうすれば最も綺麗にこの言葉の面白さが伝わるか?」

「どうすれば最も鮮やかに切り取った世界を見せられるか?」

解いた人が「なるほど、日本語にはまだそんな抜け穴があったのか。」と膝を打ってくれたらいいな。

 

そんなことを考えながら問題を作っているときが、一番楽しいです。

 

僕にとっての「創作」は、自分が見つけた「言葉の隙」を世界に教えてあげるための入れ物作りです。

入れ物は、ある時は「謎」であったり、ある時は漫才であったり、ある時は映画であったりするかもしれません。その時々で変わります。

 

一つ言えるのは、僕は日本語という言語に飽きてしまうまで、多分創作をやめないと思います。少なくとも自分のノートに書いてある山のような「バグ」の入れ物が全部完成するまで、まだ当分かかりそうです。

 

 

(P.S)最近ハマっている言葉遊びがあります。「短歌」です。それも現代短歌。

つい最近まで現代短歌なんて、「サラダ記念日」しか知らなかったのですが、本屋でたまたま目について立ち読みした、木下龍也さんの「つむじ風、ここにあります。」

書肆侃侃房)という短歌集を読んで、ドハマりしました。

 

(ちなみに書肆侃侃房ってしょしかんかんぼうって読むんです。多分日本一検索しにくい出版社だと思います。)

 

木下さんの短歌は、「暗い人の大喜利」って感じで、ジワジワ来る面白さがあります。世界の切り取り方が独特で、「31文字でそんなとこ拾うんだ」って思わず笑ってしまう歌が並んでいて、ワクワクしながらページをめくっていたらあっという間に読み終えてしまいました。

 

読んで好きだった歌をとりあえず3つだけ載せておきます。

・「千円になります」と言い千円になってしまったレジ係員

・バラバラになった男は昨日まで黄色い線の内側にいた

・カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる

 

1ページに2句、62文字しか載っていないので、読書が苦手な人でもスラスラ読めます。ぜひ買ってみてください。

 

 

 

長々とした拙文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

明日の当番はAnotherVisionが誇る大作家、ミヤです。どうぞお楽しみに。